日本一の陶磁器産地・土岐市

道の駅「志野・織部」のある岐阜県土岐市は、やきもの(美濃焼)
の一大生産地として知られ、そのシェアは、やきもの全体の60%以上を誇ります。

古くから良質な陶土に恵まれ、すぐ南に位置する瀬戸地域
と共に、やきものの生産が盛んに行われていました。
その歴史は、古くは古墳時代にまで遡りますが
美濃焼が本格的に繁栄を築いたのは安土桃山時代になります。

この時代には茶の湯の流行に伴い、千利休や古田織部
といった人物を筆頭に、この地に美濃焼黄金期を築き上げました。
この時、美濃焼の代表である「志野」「織部」「黄瀬戸」等の美濃桃山陶
と呼ばれる陶器が作られたといわれ、現代へと引き継がれています。

名前の由来となる焼物

ほのかな薄紅色の焼物
「志野」

たっぷりと長石釉が施された気泡状の肌にほのかな薄紅色がにじみ出た、独特の焼物。
桃山時代には盛んに焼かれていましたが、江戸時代には一旦姿を消しました。
しかし昭和5年、荒川豊蔵(1894~1985)が岐阜県可児市久々利大萱(土岐市の隣町です)で志野古窯を発掘調査、志野の再現に尽くし、人間国宝に認定されています。
道の駅「志野・織部」にも、現代の作家さんたちによる個性的な志野が並んでいます。

美濃焼・志野

深い緑色が印象的な
「織部」

千利休の高弟でもあった古田織部の指導により作られた焼物。深い緑色の緑釉と豊かな創造性に富んだ個性的な形状、幾何学的に紋様化された装飾が特徴的です。
作風により様々な呼称があり、「黒織部」「青織部」「総織部」など様々な種類があります。美濃焼の中でも大変人気があり、当道の駅にも多くの方がお求めにご来館されています。やはり独特の落ち着きを持った深い緑が人々を魅了するのでしょう。

美濃焼・織部

志野・織部に並ぶ美濃焼

淡い黄褐色の焼物
「黄瀬戸」

淡い黄褐色を帯びた発色に、部分的に銅緑釉が配されています。黄瀬戸も桃山時代、古田織部たちにより栄えましたが、以後一旦衰退しました。

その後、志野同様に、近代になって再び注目されることになります。素朴で控えめな雰囲気が、志野や織部とはまた違った魅力を持ち、根強い人気を誇ります。

美濃焼・黄瀬戸

志野・織部について